望郷の泪は二度流るの記

森を飛び出そうとする今を克明にとらえるドキュメント。

DOKUMENT

 

 

    資料収集と称して郷里の福岡に帰省して1週間以上経つ。車がなければ何もできない田園地帯なので(田舎とはあえて言わない)、何もすることがない。こういう時は、今までできなかった勉強を進めるに限る。佐藤優氏が、拘置所の中で、語学や進学の勉強にいそしんだように、私も語学や歴史の勉強に精を出そうと決意し、勉学を続けている。

 

    というわけで、134時間、最低でも2時間、英語の学習に費やしている。本当は、日本史の勉強もしたいが、家族との生活なので、なかなか時間が捻出できない。昨日ようやく捻出できたが、教科書の表解整理がなかなかうまくいかない。結局、金谷俊一郎氏の表解式の参考書を購入した。月曜日に届く予定なので、この部屋も「言語学歴史学研究センター」となる予定である。

 

    それにしても、あれほど難しく感じていた英文法が、思いのほか難しくなかったというのは発見であった。教科書(Forest)の説明がわかりやすいのもあるが、私の理解力も向上したのだろう。教科書・問題集を10周させて完璧に仕上げたい。

 

    誰とも連絡を取らず、散歩にすら出ていかず(散歩ぐらいは出た方がいいのだろうが)、勉学の日々を送るのは、なんだか修道院みたいだが、これまでなかなかできなかったことをやれるのは充実感と喜びがある。福岡での学びの日々を存分に楽しみたい。

現実が記憶に変わる前に

 今,目の前にある現実が失われる前に何かできることはないだろうか。僕はそう考えずにはいられなかった。現実が記憶へと変わり,その記憶をしみったれた感傷と共に想起するのはもうたくさんだと思ったからだ。若いころはそれでもよかった。青年ほどとかく身体に蓄積された記憶を想起せずにはいられない動物はいない。「ひたすら未知のものを追求しながら,慣れしたしんだものにも離れることのできない青年の憧憬と不安」[1]とカロッサは小説『美しき惑いの年』に書いているけれど,本当にそうだと僕は思う。

 僕がそう言うと,周りの人間はこう言う。ノスタルジックな感傷にふけるのはむしろ年を取った証拠なのではないか,と。確かにそうだ。ほとんどの場合,ノスタルジーにふけっているのは中高年だ。一昔前,「キープオン」という言葉が流行ったけれど,それもノスタルジーの一種だ。

 けれども,それとは別種の記憶の想起が若いころにはあると思う。それは,若いからこそ起こるのだ。若さゆえに記憶のサイクルが短いわけだから,一個一個の記憶が中高年に比べ鮮明でかつ離れがたい。ゆえに,若者の記憶は時に痛みをも伴う。けれども,その痛みにあえて向き合う強さも,実は若者は兼ね備えているのだ。中高年のノスタルジーは,「ノスタルジー」というくらいだから,基本的は甘美なものだけれど,若者はあえて痛みの記憶に立ち向かう。痛みの記憶か,はたまた記憶の痛みというべきか。僕にはわからない。

 だが,僕は決して,若者賛美をしたいわけではないのだ。確かに若者は痛みの記憶に向き合うけれど,ともすればそれは自己陶酔に走るおそれがある。痛みが自らを構成する血肉となる分にはいいが,それが青臭い自己陶酔の営みに堕すれば本末転倒だ。それでは,ブリキのアトム人形を愛撫する大人たちと大して変わらないではないか。

 痛みに向き合いつつ,痛む自分に陶酔しない,そんな生き方ができないものだろうか。その問いに対する僕なりの答え,それは,現実が記憶に変わる前に現実そのものを救い出すことだった。僕にもわかっている。それが極端な考えだということを。記憶を想起するうえで避けられない自己陶酔から自分を遠ざけるために,現実を記憶化しないようにするわけだから。現実が記憶になるから記憶を想起するうえでの弊害が生まれる。であれば,いっそのこと,現実が記憶にならないようにすればいいのだと僕は得意の蛮勇をふるおうとする。そして,僕は呼びかけるのだ。

 

「若者よ,記憶の檻から出でよ!」と。

 そうすればわかるはずだ。記憶の檻は実は飴細工でできていたということを。

 

[1] カロッサ『美しき惑いの年』p11 

毎日が「おもしろ万年」であればいいのだが・・・・,

 このところ,体内時計のぜんまい仕掛けが壊れているのか,起きる時刻と寝る時刻が一定しない。どうしたものだろうかと,ぼんやりと思っているが,なかなか改善しない。

 

 昨日は,興奮状態が長く続いて,なかなか寝付けず,わずか2~3時間の睡眠で登校した。午前7時30分に研究室に到着。

 

朝の,誰も来ていないうちに始めようと,音読の教材を取り出す。自宅のアパートは,隣人の様子をうかがいながらであるので,なかなか集中できない。けれども,朝の研究室はそうした心配をすることなく音読に励める。日本史の教科書と英単語集をそれぞれ30分ずつ音読。その後,forest第3章を読む。

 

で,その後である。抗いがたい眠気が襲ってくる。歩き回るなどしてなんとか抵抗を試みるが,いかんともせず,結局研究室のソファー(なんでも研究室開設当初からあるらしい)に沈み込む。

 

10時30分ごろ目が覚めた私は,就職課の窓口で,就職相談を申し込む。面接の練習。公務員専門学校の講師試験の対策である。総合職の時は,あの人事院面接でさえ,ノー練習で臨んだ。落ちるのは当然だったと思う。同じ轍を踏まないために,面接の練習を申し込む。

 

大学会館のレストランが貸し切りで休みだったので,移動販売のケバブを購入。人社棟のベンチで食す。

 

その後,TAの職務の一つである,出欠入力一回分(約200人分)を終わらせる。これが後2回分あると思うと気が遠くなるが,仕方がない。お給金をもらうということはそういうことだ。

 

出欠入力をやり終えると,今日一日のやるべきことを終えた感覚に陥る。本当は,研究が残されているのだが,疲れていることもあり,帰宅することに。

 

帰宅後,水道代を払いにコンビニまで行き,その後某スーパーで買い物。

 

今日は最初に音読を持ってきたのが良かった。一番最初に何をやればいいか迷うことなく取りかかれる。明日から早起きして投稿し,音読に励もう。で,早く帰って,早く寝る。そのリズムで行きたい。

哲学!!心理学!!!

 今日はお昼まで寝てしまった。

 起床後,メールをチェック。

 研究会のテーマはあれでよかったようだ。

 13時頃から2時間ほど母と電話。

 

 4時ごろアパートを出て,4時30分頃研究室に着く。

 

 Forestが届いたから,しばらく読んでみる。最近思うのだが,

 英文法って思っていたより難しくないようだ。私の悪い癖だが,

 考えすぎだったようだ。12年前,堅粕の石造りの校舎で,うんうんうなりながら

 英文法の講義を聴いていた自分が何だか信じられない。

 

 その後,図書館で『CBCレポート』の62年分をコピー。

 相変わらず情報量といい,密度といい,非常に濃い。冒頭には加藤秀俊とリースマンの対談が掲載されているのだから,感銘もひとしおである。

 

たいして大学にいたわけではないが,お腹もすいて疲れて来たので,帰宅の途につく。

途中で「一休」に寄る。ここはこの町で有名な豚骨ラーメンの店だが,実は夏季限定の台湾まぜそばがうまい。先週食べて以来,すっかり台湾まぜそばのとりことなった私は,今日も入店するやいなや,台湾まぜそばを注文した。しかし,

 

「平日限定でして・・・・」

 

今日が祝日であることをすっかり忘れていた。そうだ,今日は祝日なのだ。平日も祝日も関係ない,毎日がスペシャルな日々を過ごしていると,本当にスペシャルな日を忘れてしまう。で,今日は普通の味玉ラーメンを食することに。旨い。満足して店を出る。

 

19時ごろ帰宅。で,今に至る。

 

 

 

 

 

 

 

再度のタイトル変更

更新が昨年の12月以来となっていたことに今更ながら驚いている。

社会学関連のブログをということで立ち上げたものの,何を書いていいかわからず,そのままになっていたのであった。

 

そこで,再びブログを改題し,身辺雑記等を記録するブログとして新たにリニューアルすることにした。

 

気が向いたら更新するつもりなので,ご笑覧頂ければ幸いです。

 

 

「読み」のオリジナル,オリジナルの「読み」

 社会学への熱意がよみがえって,はや3か月。無事に研究会報告を終え,また読書と思索(という名の妄想)の日々を開始した。
 面白いことに,3年前,モノクロームに見えたテクストが,何だか極彩色をまとって現れ出たような気分である。今日は荻野昌弘という有名な社会学者の文章を読んでいた。「身体の記憶」というテーマで,本ブログに「社会学的文学誌」を載せるためである。

 3年前と比べ,荻野の言っていることがはっきりとわかるようになった。これまでの蓄積もあるのだろうが,やはり,社会学への姿勢が主体的になったというのもあろう。

 それ以上に,テクスト(とりわけ社会学の名著)への姿勢というか,読み方。これも大いに触発を受けた。

 それは,読みに独自の角度を持つこと。荻野は身体論をテーマに分析を進める学者であるけども,デュルケームウェーバーを,やはり身体という側面から読んでいた。その結果,対比して捉えられる両者が,実は身体を通して社会を説明・記述しようとしたことがわかったのだ。

 ここで,重要なことは,独自の読みの角度を持つことが,実は新たな理論の理解の可能性を生むということ。そうだ,読解はコピーやインストールではないのだ。オリジナルの読みがあってこその古典なのである。そもそも,古典というものが生き続けるのは,新たな解釈の仕方が次々に生まれる,解釈の豊饒の海がそこに広がるからだ。

 上方歌舞伎では,ただ先代の模写をしただけでは,「お前の工夫がないやないか」と叱責されるそうだ。であれば,読みにも自分の工夫があってよいはず。

 こうした読みには,誤読の危険性をもって批判する面もあろう。しかし,だ。誤読から何かが生まれることもあるのだ。むしろ,誤読を恐れて何もしない,読まないという態度こそ恐れるべきなのだ。

 誤読を恐れず,新たな解釈を生み出そうとする勇気。そのためには,自分の角度を持つことが必要なのだと荻野のテクスト読解は教えてくれた。

 

ブログタイトル変更しました

先ほどまで「週末ソシオロジストの遍歴時代」というタイトルでしたが,

何だか気恥ずかしくなり,タイトルを改めました。

新しいタイトルは,カロッサの『美しき惑いの年』p331の「「現時」と「永遠」の困難な交渉」(手塚富雄)からとりました。

 

取り急ぎ,ご報告まで。